Recent StatusGeneral InfoTodaySunrise/Sunset[collapse/shrink]
Sapporo
05:04 →
18:02
Tokyo
05:16 →
18:02
Osaka
05:34 →
18:18
Hakata
05:55 →
18:38
Taipei
06:37 →
19:09
Beijing
06:47 →
19:39
Singapore
08:00 →
20:08
New Delhi
09:32 →
22:07
Moscow
11:45 →
01:12
Nairobi
12:29 →
00:35
Cairo
12:35 →
01:11
Istanbul
12:37 →
01:30
Athens
13:04 →
01:52
Budapest
13:08 →
02:14
Vienna
13:19 →
02:27
Prague
13:24 →
02:37
Berlin
13:26 →
02:44
Rome
13:41 →
02:36
Paris
14:15 →
03:23
London
14:21 →
03:35
Madrid
14:45 →
03:37
Lisbon
15:13 →
04:02
Rio de Janeiro
17:57 →
05:43
Sao Paulo
18:10 →
05:56
New York
19:28 →
08:20
Mexico City
21:22 →
09:47
San Francisco
22:44 →
11:31
Honolulu
01:14 →
13:41
Wellington
02:53 →
15:48
(in JST, GMT+9)
WeatherWorld NewsBookshelfScienceComputerPhilosophy/Thought |
以前のリビジョンの文書です 社会から逃げる経済学者,経済から逃げる社会学者ちょっと気づいたことを。手短に(w ここ数年,失われた20年って言葉が出てきましたが,もちろん失われた10年って言葉のもじりなわけですが,一体何が失われてるんでしょうか。 もちろん,GDPの伸び率が落ち続けてる(経済が拡大する速度が落ちてる)だとか,失業率が上がり続けてる(職を失った人が増え続けてる)だとか,ジニ係数が上がり続けてる(貧富の差が広がってる)だとか,そういう色んな数値から見て「マズイ」状況になり続けてる=失われてる,からなわけですが,じゃぁそのマズイ状況ってのを言葉で説明した場合のコンセンサスは果たしてあるのでしょうか。個々のグラフの説明じゃなくて。 つまり,「人々の暮らしは,どの様なものが望ましいのか」って目標とか理想があって,その上で今はどこが問題だから是正しようって議論がなされてるのかどうか。 経済学は,「人々はその幸せを増やすために行動する」みたいな前提で話が進められますが,じゃぁその幸せって何なのか。人々って誰なのか。(この「人々って誰なのか」は,為替が変動する現在においては,改めて考え直す必要があるんじゃないでしょうか。) よく例に挙げてますが,アメリカと比べた時に日本の目的意識の低さがよくわかるのが,日本銀行とFRBの設立趣意の違いです。(別に比較するのがアメリカである必要は無いんですが,まぁ資料が取りやすいのでw) 日銀Outline of the Bank of Japan: Bank of Japanの場合:
FRBFRB: Missionの場合:
これを見ると,アメリカの方は明確に「完全雇用」が目標とする社会であることがわかりますが,日本の方は「健全な経済発展」って表現に止まっており,だから「どういう世の中を求めるためにある機関なのか」が明らかではありません。別に日銀を責めてるわけじゃなくて,日銀のあり方,ひいては目指す社会のあり方が議論されてないことが問題なんじゃないかって話です。
ともかく,失われた云十年が発生した理由には,こんな根本的な問題があるんじゃないかと。だからこそ,経済学者の言うことがことごとく意味をなさない。ついでに言うと,云十年も失われてるってことは,今までの著名な日本の経済学者は全員落第なんですけどね。彼らが日本経済の研究家で,国民一般を豊かにするための提言をしていたとするならば。 じゃぁ人々の行動の変化だとか,社会=人々の暮らしに起きてる問題は,誰が取り上げるのかって言うと,(ジャーナリストとか)社会学者なわけです。 でも社会学者は,個別の問題を取り上げて「こういう問題があるのだ!(知らなかっただろ!)」って問題提起はしますが,じゃぁその問題は何故起きたかっていう踏み込みが極端に甘い。甘いというか,どういう経済の仕組みだからってトコまで話が進むと,途端に「何とか主義」政策の所為で~とか言い出して「何とか主義」の一般論に逃げ込むことが多い様に思います。 それ以前に,そもそも大昔の人をなぞりすぎな気がしないでも無いんですが,せっかく個別の問題=社会の実態を扱ってるのに,問題の紹介にとどまってるのは勿体ないんじゃないかと。それに,まぁこれは思い込みかもしれませんが,どうも社会学者は経済学者に言い負かされやすいと言うか,経済学者に比べて社会学者は人前に出てこないというか呼ばれないというか,そんな気がします。これも,経済学者は当たらないけど「こうすれば良くなる!」って明るい展望を言ってくれるのに,社会学者は「こんな悲惨な現実があるんですよ…うらめしや~」って感じで暗い雰囲気がぬぐえないからなのかもしれません。いや,ホントにこれは思い込みだけどw 今の日本は,国債残高がもの凄く大きい一方,世界一の債権国(世界で一番多くお金を外国に貸してる国)だったりします。あるいは,経済が低迷してて資産価格は下がってるのにも関わらず,何故か通貨の価値は異様に高いわけです。こうした矛盾を説明して,みんなが豊かになるための当たる方法を考える前提として,一度きちんと何が実現したいのかを考えるべきなんじゃないでしょうか。財政健全化とか「バラマキは悪い」だとか「消費税増税すべし」って話は,失われた20年って失敗をまるっと忘れて,問題の一部だけを見たバカでも考えつくことですが,そうじゃなくて目標に向かって筋道立てて物事を考えましょうって話です。 …長くなっちったw |
Other LanguagesPhoto Updates
effects by jQuery Carousel
Recent Comments
2010
Thank you!
Twitter Repliesand more...
Thank you!
Site StatusAccess CounterTOTAL
54422
(Now 5 clients are visiting here.)
Activity Meter
Activities classified with number of recent articles.
DictionaryLinks落書き |
コメント