最近…というかここ数年,何となく哲学の本をぱらぱらめくってるんだけど,そういうのって知れば知るほど面白いし,妙に納得できる。
でも,哲学って何なんだろう。根暗な人が難しい言葉を並べて悦に浸るためのもの?…そんなわきゃないw
それは,簡単に言うと「ものの考え方を考える」分野。だから,その他の分野(数学とか物理学とか化学とか,あるいは文学や医学)と同列に考えると,ちょっとおかしい。そういう個別の分野の研究方法というか,考えの進め方について研究する分野だから。どの分野が大事だって言ってるわけじゃなくて,哲学ってのはそもそも何が大事なのか~とかっていう根本的な物の考え方について研究する分野だってこと。
あ,ちなみに「形而上学」ってのは metaphysics の訳で,その由来は,アリストテレスの全集を作ったときに,今で言う自然科学みたいな話(ta physika)の後に(meta),そういう話の根本にある考え方を説明した著作を配置したから,だそうな(参考)。(こういう大げさというか,一見意味不明な用語(訳語)が多いから,哲学って取っつきにくく感じるんだよね~)
でも,じゃぁ何でアリストテレスはそんなものを書いたのか。
(これも簡単に言うと,)五歳児の質問みたいに「~は何で?」ってどんどん問い詰められた場合,いつかは理由を言えなくなっちゃうから。つまり,「Zは何で?」って聞かれたら,「AだからB,BだからC,CだからD … YだからZ」ってのを逆にたどって,「…それはCだからだよ~,それはBだからだよ~,それはAだからだよ~」ってトコまでは良いけど,「Aは何で?」って言われても「AはAだからだ!(怒)」って答えるしかなくなっちゃう。
そういうみっともない大人にならないため…というか,何でAより遡れないんだろうって考えると,「AはAだと考えよう」って発想(決まりごと)があることになる。それがどんな発想なのか,その考え方は本当に現実に当てはまるのか,ってことが納得されなければ,「AはAだ!」って話から始まった「~は~だから」って話に意味がなくなっちゃう。だから,アリストテレスはそんなものを書いた。んだろう。(ちなみに,「~は何で?」って問いは,「何で~は何で?って考えてたのか」って問いに変わって行って~って感じで,時代を下るに連れて問いかけもどんどん変わっていきます。)
で,この手の話が急展開を迎えるのが近代というか国民国家が成立した頃。というのも,偉い王様が世の中を牛耳ってた時代は,王様に従ってりゃそれで良かったんだけど,王様はもう要らない!って言い出した頃から,選挙権を持つみんながこの国をどうしたい!って考えなくちゃいけなくなってくる。でもその前に,そもそも何で王様は要らないって考えに至ったんだろうか。
もちろん,そういう考えの裏には,何らかのお約束があったからなわけで,そのお約束をずぅ~っと前から考えてきたのが哲学。というか,そういう研究が哲学。思想って言い方もされる。(お約束って言うより,「普段は当たり前の事として考えもしない事」って意味で,「思い込み」って言った方が良いかも。)
だけど,選挙権がどんどん広がっていくのと同時に,「こういう考え方をすれば世の中の現象が上手く説明出来る」って話から,「世の中を上手く回すためには,こういう考え方をすればいい」って具合に,世の中の仕組みと考え方との関係が変わってくる。
だから,この頃以降,哲学の流れと社会の関係が,ますます鮮明になってくる。
そうすると,何となく哲学ってものにリアリティーが感じられるようになってきて,面白くなってくる。
つまり,どういう仕組みで世の中が出来てるのかを考える手助けとして,哲学(の流れ・哲学史)を紐解くと,良いことがあるかもよってことです。