さっきふと思ったんだけど,付加価値って一体何なのか。
もちろん「付加価値=財の価格-原材料等の費用」って構図はわかるけど,じゃぁその財の価格って何なのか。
更にもちろん,それは一般に市場で決まるわけだ。じゃぁ市場ではどうやって価格が決まってるのか。
それは基本的に需給で決まるとされてる。
だけど,完全にその値付けの法則が解明されてるわけじゃない。需給で決まるって言っても,売りたいと思ってる人が何でその値段で売ろうとするのかに,決まった法則があるわけじゃない。個人的な都合だとか,色んな要因があるだろう。つまり,はっきりとした根拠が無いから,付加価値にもそのいい加減さが反映されることになる。この場合,原材料等の費用を固定して,価格から付加価値とは何なのかをくっきり浮かび上がらせることは出来なさそうだ。
だったら,今度は原材料等の費用って何なのか。
商品ってのは財とサービスにわけられるけど,まずは財,特に物の原材料について考えてみよう。
物ってのは,突き詰めると全てが植物や鉱物とかの自然資源で出来てる。
なので,例えばある石が原料の機械の場合で,その機械として売り出されるまでに石を掘って売る人(=Aさん)と石を買って機械を作って売る人(=Bさん)の2人が居る状況を考えてみる。
Bさんの商品の価格は「石の値段+何か」であり,その「何か」=「市場で実際に売れた機械の値段-市場での石の値段」となる。それが付加価値だって話はわかる。もっとも,この場合も市場で実際に売れた値段によって付加価値は左右されるから,値付けに恣意性があると「つまりそれはどうして決まる」とは言えない。ちなみに,普通は原材料費に人件費も入れるけど,この場合は会社じゃなくて個人の話だし,原材料費に人件費まで入れると話がややこしくなるので省くことにする。
じゃぁ次に,Aさんの場合はどうか。掘ってくるためのコストはAさんの労力だけだとすると,買い入れる原材料費は0になる。つまり,Aさんの人件費=石の価格となり,それが同時に付加価値になる。
不動産やサービスの場合も,結局は価格が市場で決められる以上,その付加価値も市場で決められることになる。
何が言いたいのかって言うと,サービスにしても商品にしても,突き詰めると原材料費なんてものは存在してなくて,付加価値しか無いんじゃないかってこと。原材料費が意味を成すのは,自然資源から商品として消費されるまでの流れとかサービス提供の流れとかの一部を切り取って見た時だけの話。
だから,GDPなんかは付加価値の総額として定義されてるんじゃないかと。世界経済の規模も,そうした国別GDPの総額で算出されることから,原材料価格なんてものはグローバルに見ると存在しない。
ってことは,付加価値は市場での価値という恣意的なものだってことになる。繰り返し言うと,もちろん需給とかである程度は説明できるけど,どうしても恣意性は拭えないってことね。だから,突き詰めれば何かを消費したい気分が高まってるのか弱まってるのかが経済の動向を左右してることになる。
もちろん個人レベルで見ると,ある値段で何かを消費することには合理性があるかもしれない。例えば,あっちのスーパーよりこっちのスーパーでの値段の方が安いから,こっちのスーパー(の値段)で買う,とか。だけど,果たしてそれが本当に合理的な判断かどうかはわからない。というか,一々調べないで買う事の方が多いだろう。買い手より売り手の方が商品の情報を多く持ってるっていう情報の非対称性って議論もあるし,ある取引を外から眺めた場合にそれが合理的だと思われる事なんて,むしろ稀だろう。
つまり,人々がお金を使って適当に行動してる結果が経済だと考えられる。
この適当にってのは,合理的でないって意味で遊びに通じるものがある。
だから極論すると,人々が遊んでる結果が経済だとも考えられる。…いやもう面倒になってきたから色々すっ飛ばしたんだけど,念頭にはホイジンガの「遊びから文化が生まれた」って議論がありんす。もう積んである本の山から『ホモ・ルーデンス』を引っ張り出すのも億劫なので(苦笑)適当に言うと,そういう遊びが広く許容される社会であって初めて経済成長ってのが有るんじゃないかと。例えば,アメリカや最近の中国が経済発展を遂げてきたのは,因習や行動の規制が解かれた遊べる社会だからなんじゃないかと思うわけです。共産主義国では,行動に制限が加えられたために遊べなくなって,それによって経済が破綻したと見ることもできます。…と言うと,だから規制緩和せよ!って話に聞こえるかもしれませんが,それは全然別の問題であって,むしろ文化的な制約を無くそうって話です。多様な意見を認め合うとか,…まぁ簡単に白い目で見ないとかw。言うまでもなく,と言いつつ言いますが,遊びから文化が生まれたなら,遊びが増えれば文化も発展することになるでしょう。
ちなみに,遊びってのは楽しみの為だけに本気になってやる活動を指すのであって,働かないことを勧めてるわけじゃありませんw。
…書いてから思ったけど,本題は最後の数段落だけなのよねorz
えっと,twitterでも(*´Д`)ハァハァしてる姿をお見せしてしまいましたが,androidタブレット,いわゆる中華パッド EKEN M-002を買ってまいました。もともとandroid使ってるし,それにiPadも正直大したことないなぁと思ったので。
というのもiPadの実機を見たんですが,ちょっとデカイ…というかデカイ割に画面小さいって感じで,どうも納得出来ない。値段も高すぎる。(あれで19800円~なら買ってたかもw)
そもそもワタクシが「あ~ゆ~の」を欲しい理由は,論文とかのPDFを快適に読みたいから。HT-03Aをメイン機(!)として使ってるんですが,これだと横画面にしても幅が小さすぎて,2段組の1カラムでさえ収まるかどうか怪しい。だけど,紙に印刷して読むのも果てしなく馬鹿馬鹿しい。というか手間がかかりすぎる。大体ワタクシがそういうのを読む時は,別に本気で探し当てたのを読もうとしてるわけじゃなく,何となく目に付いたのをダウンロードしてぺらぺらめくるって場合がほとんどだし。
んで,思い切って…というか衝動的に手に入れました。
だけど,正直それなりにトラブルは抱えて(苦笑)ます。
というのも,熱暴走のせいか画面が崩れるバグに遭遇したり,というか妙に熱くなってみたり,相変わらず縦横の重力センサの反応が鈍かったり。
だけど一番は,android marketが使えない!ってこと。というか,アカウント登録したドサクサではインストールできる場合もある様ですが,それ以外の場合は見事にダウンロードの無限ウェイトに突入します。でも.apk形式でソフトが手に入れられば,SDカード経由でインストールが出来ます。最初から入ってるファイルマネージャソフトで,そのファイルをタップするだけでインストールシーケンスが始まります。
そこで,この方法でPDF Viewerって言うandroid内部でレンダリングしてくれるPDF閲覧ソフトをインストールして,適当に論文とか新聞とかを読んでみたところ…まぁHT-03Aと変わらないくらいの速度で表示してくれます。…いやちょっと重い+熱いかも。でも画面サイズが大きいおかげで,やっぱり横にするとちょうど1ページが読めるサイズで収まる感じ。これはホントに助かる。
それに,電池も思ったよりは持つし,サイズも小さいから使い勝手は滅茶苦茶悪くは無いんじゃないかと感じた…んですが,これは私がもう10年以上PDAを触ってるからそう思えるんでしょう。多分,W-Zero3とかiPodあたりから触り始めた人からすると,我慢出来ないレベルだとは思います。なので,ジャンク>綺麗な中古って発想で無い方には,まずオススメ出来ません。
ジャンクって言葉をここで使ったのは,どうもこの機種,USBポートが基板上にあるらしいんですね。なので,それにコネクタを繋げばキーボードとかマウスが繋げられる!ハズ!HT-03Aではなし得なかったUSBキーボードの接続が今ここに!…そりゃまぁ,言っちゃえば代償行為でしょうよ。でもまぁACアダプタ付けても重さやサイズからするとノートよりはポータビリティがあるハズ!
そういう夢が詰まってるマシンだと,自分に言い聞かせてます(w。例えiPadを買っても,少なくとも買ってから数年間の間は,分解しようとか半田付けしようとか思わないでしょ?w
久しぶりに書いた記事が,こんなんとは(苦笑
このクソ忙しい時期に,写真サイトに外国からのスパム投稿がございました。
んでね,captcha付いてんのに何で自動的だと思われる投稿があるのか不思議だったので,何気にhtmlソースを見たところ…どうもcaptcha画像の数値をそのままmd5ハッシュ化したと思しき文字列が…
そうか。たかだか数文字の数字列なら,md5化した数値をDB化しちゃえば何のコトは無いわね。5桁でも10万件だし。
…というか,それくらい予想できそうなも(ry
有名どころの文字列,例えばappleとかの英単語なんかは,ハッシュ値でググると見つかったりすんのよね。だから適当にソルトを混ぜなきゃ~って話は数年前には広まってたハズ。
…ご注意を!
気づいたらウチのサイトが結婚相談所の広告になってた!ので軽くビビったんですが,そういやドメイン更新忘れてたなぁ~と。…テヘッ♪
というわけで,無事更新完了でござます。
先日,ちょっと都合があって午前中に動物園をまわったんですが,やっぱ寝てるヤツらが多かったのね。
というわけで,動物の寝顔をいくつかご紹介♪
あと,起きてるんだけど眠そうな
とか。
不思議と,眠ってる姿は,例え猛獣でも可愛く思えるんですよね。…まぁ,柵があるからでしょうけどw
でも,何で寝顔が可愛く思えるのかは,考えてみると面白いかもしれません。
オマケで,起きてたヒョウの姿です。
ちなみに,トラやキツネもそうですが,こいつらは同じ場所を行ったり来たりしてることが多いです。
多分,手持ち無沙汰というか,仕方なくウロウロしてるんでしょう。人間でも,何か考える時とか待ってる時なんかに,人目が無ければ同じ所を行ったり来たりすることがありますよね。多分,そういうことなんじゃないでしょうか。
ところで,柵を消して撮影しようと思うと,柵から離れた瞬間に柵に近寄って撮るってのがセオリーでしょう。でもこの場合,
本来は,ある特定の距離でピントを合わせといて,来た瞬間に撮るってのが王道なのかもしれません。でも,動いてるってことは表情も変わって行きます。なので,待ち構えたところで,気に入った表情とか雰囲気を出してくれれば良いんですが,なかなかそうもいきません。
ってことで,カメラって反射神経な気がします。どっちの写真も,狙ったよりも奥にピントが合ってますしorz
ってタイトルだと,何か料理の記事っぽいですが,そうじゃなくて料理``名''のお話。
というのも,タイトルの料理,何て言います?レバニラ?ニラレバ?
そういう問いは,単なる呼び方の違いって話で納得できそうですが,そうじゃなくて実際にどう使われてきたんでしょうか。何となく,最近はレバニラって呼ぶ人も増えてる気がしますが,どうなんでしょうか。ちょっと調べてみました。
さて,取りあえずはgoogle検索の結果を比較してみましょう。するとニラレバが約30万件,レバニラが約19万件と,ニラレバの方が優位です。まぁでもこれは,どっちが現実に多いかってよりも,ネットで発言する人の傾向に過ぎないと言えばそうなので,必ずしも現実に即しているとは言えません。
ところがWikipediaによると,項目名は「レバニラ炒め」なのに,何故か太字で「本来は「ニラレバ」と言うが、「天才バカボン」の影響で「レバニラ」と言う言い方が広まったとされる話が、NHKの番組で紹介されたことがある。」との説明が。まぁ,これがホントだとしても,たかだかマンガ1話でそこまで広がったんなら大したもんですな。ってかWikipediaの執筆者的には「レバニラ炒め」が多数派だと思ってるのかな。
更に,TBSのチューボーですよの過去ログを見ると,2000年9月2日放送の時点で「ニラレバ炒め」との表記が見られます。ファンサイトを拝見しますと,1995年4月15日の原日出子さんがゲストの回にも「ニラレバ炒め」が出てきます。
ってことは,やっぱもともと「ニラレバ炒め」だったのが,バカボンのせいで「レバニラ炒め」だと思う人が増えたってことなのかな。
ちなみに,テレビアニメ版「天才バカボン」が放映されていたのは1971年9月25日-1972年6月24日らしいです。ってことは,この頃に小中学生だった人達,つまり一般的に考えると,この頃に6歳~15歳くらいの人達が影響を受けたのかもしれません。
となると,今45~55歳くらいの人に浸透してるのかも。ってことはその子供達は,大体今の20~35歳くらいの人達でしょうから,社会実情データ実録さんによると,ネット利用者が多い年齢層に重なります。その親を含めても。
…って感じで,調べれば結構面白いかも♪
ってか今気づいたけど,チューボーですよも古畑も,どっちも初回ゲストは中森明菜さんなのね。
そういや先月行ったっきり書くのを忘れてたんですが,城ヶ島に行ってきました!神奈川の。館山の反対の。三崎の先の。
で,まぁ海の幸を堪能したりとろまん買って喜んでたりしてたんですが,やっぱ城ヶ島は景色が良い!
…と書くと景色を紹介するみたくなっちゃいますが,今回はそうぢゃありません。景色については,京急にお乗りになってお確かめ下さい。
じゃなくてね,あそこって,鳥さん沢山居るんでござますのよ。
これ,何となく見てるとカラスに見えなくもないんですが,実はぜ~んぶ猛禽のトビでございます。
別に絶壁に行って撮った訳じゃなくて,海岸にフツーに飛んでんの。
だから見上げると,こんな
こっちのことガン見するヤツが居たり,ちょっと狙えばこんなん
撮れたりします。
なので,猛禽萌えの方にはオススメです。
みなさま,この
うそです。全く落ち込んでません。書いてみたかっただけです。
まぁでもちょっとここ一ヶ月ほど忙しかったんですが,それも一段落ついたので,気晴らしとカメラの様子見を兼ねて上野動物園に行ってきました!いぇい!
というわけで写真。
…のまえに,ホッキョクグマの展示が,設備の改修工事のために取りやめになってるのね。あの子ら結構可愛くて好きだから,ちょぴし残念だった。
まぁでも,その代わりにツキノワグマが愛嬌振りまいてくれてたので,まずはその写真から!
…ね。まぁよく見ますとですね,左手がデリケートゾーンまっしぐらなわけでございます。いやはっきり言いましょう。掻いてます。ガシガシと。左足まで上げちゃってあぁもう…スミマセン!w
んでもって,結局こうなる。「母さんビールぅ」ってな具合ですな。典型的な休日。
でもこの顔
は可愛いw
さて,もちろん他にも撮ってきたんですが,笑い顔としては今回はこんなのが。
振り向いたら満面の笑みだったので,慌ててシャッターを切りました。親戚の結婚式でも有ったのかな。
あと可愛い系としては
こんなのとか。
ちょっと喧嘩売ってる系だと,
とかね。左のなんてホント悪そうw 右のは喧嘩売ってるってより,何かちょっと世間に疲れちゃってるみたいな感じ。
あと,まぁコイツは
ちょっと何考えてんのかわかんないけど。
そうそう,上野公園って言えば不忍池だけど,あそこは蓮がスゴイわけです。で,もうちょっと時期は終わりかけてるんだけど,それでもまだ茂りに茂ってるので撮ってきました。
ぱっと見,キャベツ畑みたい。
昼過ぎに行ったら,花はもうみんな閉じてました。(cf.Wikipedia)…なんだけどね,ちょっと縁のあるトコに咲くハスは,何でかしらないけど昼になってもまだ咲いてるのよ。どうなってんだろ???
まぁ,で,もう時期的にはクライマックスが過ぎた様で,こんなのも。
ホント不思議な形だよなぁ。
葉っぱも,アップで見るとちょっと面白い。放射状に葉脈が延びてるし。
今回は,休日ってこともあって結構混んでたのね。だからあんまり粘らないで帰っちゃったんだけど,この時期も上野は見所が沢山!なので,是非足を運んでみてくださいまし。特にハスはスゴイよ!
この前,何となくhtmlのcanvasを使って鏡文字というか某能研の広告みたく,クイズと答えを上下反転して表示させよっかな~とか思いついた。
んだけど,どうもこれくらいならCSSで何とかなるらしいってことがわかったので,結局canvasには手を出さず。
…ってねw
何か,テレビを見てても全く「はやぶさ」で盛り上がってないので,備忘録的に,というか「お知らせ」的に記事にしときます。
まず簡単に説明すると,「はやぶさ」ってのは小惑星「イトカワ」の欠片を地球に持って帰るために打ち上げられた小惑星探査機です。もちろん,成功すれば世界初の快挙です。…もし欠片を持って帰れなかったとしても,小惑星まで行って帰ってきただけでも十分すごいけどね。
ちなみにイトカワの軌道は,Wikipediaに絵が載ってます。
そいつが今日,打ち上げから7年の月日を経て帰ってくるわけですが,JAXAのはやぶさ特設サイトによると,
ってスケジュールになってるそうです。
そんな記念すべき日なので,色々とネットからもライブ映像が見られるようになってます。詳しくはこちらにありますが,
なんかは,面白いんじゃないかと思います。
「何で小惑星の欠片が大事なのか」,「はやぶさは今までどんな旅をしてきたのか」などの興味が湧いてきたら,JAXAのはやぶさページやウェブ検索などで調べてみてくださいね!
最近…というかここ数年,何となく哲学の本をぱらぱらめくってるんだけど,そういうのって知れば知るほど面白いし,妙に納得できる。
でも,哲学って何なんだろう。根暗な人が難しい言葉を並べて悦に浸るためのもの?…そんなわきゃないw
それは,簡単に言うと「ものの考え方を考える」分野。だから,その他の分野(数学とか物理学とか化学とか,あるいは文学や医学)と同列に考えると,ちょっとおかしい。そういう個別の分野の研究方法というか,考えの進め方について研究する分野だから。どの分野が大事だって言ってるわけじゃなくて,哲学ってのはそもそも何が大事なのか~とかっていう根本的な物の考え方について研究する分野だってこと。
あ,ちなみに「形而上学」ってのは metaphysics の訳で,その由来は,アリストテレスの全集を作ったときに,今で言う自然科学みたいな話(ta physika)の後に(meta),そういう話の根本にある考え方を説明した著作を配置したから,だそうな(参考)。(こういう大げさというか,一見意味不明な用語(訳語)が多いから,哲学って取っつきにくく感じるんだよね~)
でも,じゃぁ何でアリストテレスはそんなものを書いたのか。
(これも簡単に言うと,)五歳児の質問みたいに「~は何で?」ってどんどん問い詰められた場合,いつかは理由を言えなくなっちゃうから。つまり,「Zは何で?」って聞かれたら,「AだからB,BだからC,CだからD … YだからZ」ってのを逆にたどって,「…それはCだからだよ~,それはBだからだよ~,それはAだからだよ~」ってトコまでは良いけど,「Aは何で?」って言われても「AはAだからだ!(怒)」って答えるしかなくなっちゃう。
そういうみっともない大人にならないため…というか,何でAより遡れないんだろうって考えると,「AはAだと考えよう」って発想(決まりごと)があることになる。それがどんな発想なのか,その考え方は本当に現実に当てはまるのか,ってことが納得されなければ,「AはAだ!」って話から始まった「~は~だから」って話に意味がなくなっちゃう。だから,アリストテレスはそんなものを書いた。んだろう。(ちなみに,「~は何で?」って問いは,「何で~は何で?って考えてたのか」って問いに変わって行って~って感じで,時代を下るに連れて問いかけもどんどん変わっていきます。)
で,この手の話が急展開を迎えるのが近代というか国民国家が成立した頃。というのも,偉い王様が世の中を牛耳ってた時代は,王様に従ってりゃそれで良かったんだけど,王様はもう要らない!って言い出した頃から,選挙権を持つみんながこの国をどうしたい!って考えなくちゃいけなくなってくる。でもその前に,そもそも何で王様は要らないって考えに至ったんだろうか。
もちろん,そういう考えの裏には,何らかのお約束があったからなわけで,そのお約束をずぅ~っと前から考えてきたのが哲学。というか,そういう研究が哲学。思想って言い方もされる。(お約束って言うより,「普段は当たり前の事として考えもしない事」って意味で,「思い込み」って言った方が良いかも。)
だけど,選挙権がどんどん広がっていくのと同時に,「こういう考え方をすれば世の中の現象が上手く説明出来る」って話から,「世の中を上手く回すためには,こういう考え方をすればいい」って具合に,世の中の仕組みと考え方との関係が変わってくる。
だから,この頃以降,哲学の流れと社会の関係が,ますます鮮明になってくる。
そうすると,何となく哲学ってものにリアリティーが感じられるようになってきて,面白くなってくる。
つまり,どういう仕組みで世の中が出来てるのかを考える手助けとして,哲学(の流れ・哲学史)を紐解くと,良いことがあるかもよってことです。